おニャン子クラブ - おっとCHIKAN! (1986)
中森明夫の「東京トンガリキッズ」という短編集の中に「たそがれにグッド・モーニング」という一編がある。
登校拒否で一日中自室にひきこもってる「ボク」。
昼夜逆転してるから「夕やけニャンニャン」が「めざましテレビ」になってんの。
んで「やっぱり新田恵利の声はいい仕事をしている」などと一人ごちつつダラダラＴＶ見てずっと過ごし、深夜就寝中の両親の部屋に入りパパ目がけて金属バッドをフルスイング。バッドはパパの鼻スレスレで空振りして「なんちゃってね」で終わる話。
トンガリキッズというネーミングが恐ろしく80年代テイストで旬を過ぎたら即死語になりそうな（実際なった）言葉だが、まあそのへんは覚悟の上で時代を切り取る目的でタイトル付けたんだろう。
わずか数ページの短編だが、ひきこもり描写が「見てきたんかい」と思うほどリアルだったので忘れられない。現代ならそれにネットが必須アイテムとして加わるんだろうなあ。ネットはなーひきこもりの依存アイテムとしては最強だよね。いやマジで。
あと「夕やけニャンニャン」が「めざましテレビ」代わりってのがまたリアルだったなあ。
昼夜逆転してっと、ホント「夕ニャン」やってる頃に目ぇ覚ますんですよハハハ。
ハハハじゃねえよ。いいトシこいてダメ人間自慢すんのやめろ。
と、他人に突っ込まれる前に自分で突っ込んで予防線張ってみました。生きていてすみません。
というわけで、人生で一番暇だった時期に昼夜逆転生活送ってたので、めざましテレビ代わりに夕ニャン見てた人間の一人です。
なんだかんだで毎日見てたわ、夕ニャン。朝起きて（夕方だけど）、何気なくテレビつけっと、やってんだよ。いまだにおニャン子の会員番号とかとんねるずのタイマンテレフォンの内容とか覚えてるよ。もっと他の事に脳味噌を使いたいものなんですがね。そうでなくても脳の記憶容量少ないのにさ。記憶容量の大半がどうでもいいネタで占領されてるわ。もっと重要なことは他に幾らでもあるのになあＩＭＦとかＥＲＭとかソブリン危機とかリクイディティとか。ごめんもう頭よさげな金融用語のネタが尽きたわ。生きていてすみません。
「夕やけニャンニャン」は1985年スタート。本来だったらアニメの再放送やローカルニュースやってる時間帯（17：00〜）に放映されたフジテレビのバラエティ番組。
「フジテレビ」ときいて大半の人が喚起するイメージを煮詰めたような。というか今日におけるフジテレビのあり方のお手本のような番組だった。「本来の番組進行の軌道をあえてズラす」「視聴者に、さも自分が番組に参加してるように錯覚させる」「事前説明ヌキの内輪ネタ・楽屋オチ・業界ネタ満載」「アナウンサーのタレント化」「予定調和を破壊するハプニング」「放送事故スレスレの危なさを楽しむ」「ステルスマーケティングと自画自賛の嵐」。
軽く、明るく、下世話。
「楽しくなければテレビじゃない」、逆に言えば「楽しければ何やってもいい」。
今となっては、楽しいのはフジテレビの中の人だけじゃないのか？って感じだが、当時新鮮だったことは確か。
「ウケりゃいいんだウケりゃ」というフジテレビ80年代の基本路線に秋元康お得意の「ギミックをあえて公開する」という手法が加味された、とんでもない番組だった。
おニャン子クラブはその番組内の企画モノアイドル。「オールナイトフジ」で企画した女子大生ブームの女子高生版というコンセプトからスタートした。「あくまでも普通の女子高生、夕ニャンでの芸能活動は放課後のクラブ活動の延長」というスタンス（表向きの）だったが、実際には女子高生でない者も所属してたし、芸能事務所に所属してる者もいた。「ピンで売り出せないレベルのアイドルのセミプロを集団にしてまとめ売りした」とよく言われているが、芸能志向のない全くの素人もかなりいて、そのへんは混在してたなあ。
手の届かないスターから隣のお姉ちゃんになったといわれるほど庶民化していた当時のアイドル事情ではあるが、それでもまだ一般人には「手の届かない存在」だった。アイドルとはあくまでもメディアの中に住んでる人であって、リアルに存在してる人って感覚が欠落してたから。送り手側にも受け手側にも。だから「アイドルはトイレ行かない」とまで言われていたわけだし。
それが、おニャン子クラブの登場でアイドル市場は価格破壊現象を起こす。だって「リアルに存在してる素人がテレビで“アイドル”をクラブ活動でやってる」んだもん。実際、当時フジテレビがあった河田町に行けば、彼女らに会えたわけだし、通ってる高校の近くを張ってれば制服姿も拝めた。どうよこの擬似放課後感覚。「手が届く」にも程がある。いわばクラスメイトが毎日テレビにでてるようなもん。アイドルの敷居を当時のレベルで極限まで下げた。
リアル素人やリアルクラスメイトの女子ならそのへんにいるじゃん、なんで「素人っぽいアイドル」をあえて支持しなきゃならないのか。
その答えは「アイドルの看板しょってることに価値があるから」。
アイドルというのは実体のない記号に過ぎないんだけど、そのへんにいるねーちゃんに「アイドル」という看板がついただけでそのねーちゃんの持つ価値が変わってしまう。アイドルが中身のない記号だとメディアの受け手側が十分に理解した上で、そのシステムにあえて乗っかってそれを楽しむという、「一周捻ってぐるっとまわった構造」を生み出した1985年。アイドルのエポック･メイキングといいますか。メディアの大本営発表を鵜呑みにしていた70年代とはえらい違い。それだけ日本の視聴者や日本のエンタメが成熟したとも一方では言えるかもしれない。質が低下してんじゃんと言われそうだけど、「成熟」と「質の向上」は違うから。ま、単に視聴者が「スレた」とも言う。
どんなものでも欲しがる人がいれば「商品」になりえる。
秋元康は価値の無いものを価値があると思い込ませて売るのがものすごく上手い人なんだと思う。
何の芸もない素人をどうやって料理してメディアに出る価値があるものに変えていくかという過程を視聴者に「あえて」見せることで商売にしていく。「プロ」よりも「手垢の付いていない素人のほうが新鮮」という価値観ね。日本の水商売界では根強いよね昔から。
ただまあ、素人を料理する過程があまりにもオープンすぎてアイドルの虚構性が破壊されたという弊害はあった。
あと、低質アイドルの粗製濫造。あまりにも素人すぎて。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たるって発想なんだろうけど、いくらなんでも、っつうのが大量にいた。
それと女子高生という（あくまでも記号としてのおニャン子＝女子高生）期間限定モノだったため、すげー早く「旬」が過ぎた。メンバーの卒業・新規メンバーの入学を繰り返してグループ自体の旬の期限を伸ばすというハロプロ方式を採る前に夕ニャンという番組自体の旬が過ぎて、番組と心中してしまった。
いや、ホントにね。夕やけニャンニャンは瞬間最大風速は凄かったんですが、萎むのも早くてたった2年で失速したんで。
おニャン子クラブってフジテレビ専属であり夕ニャン専属だったので、母体が失速したらそれと心中するしかなかったんですね。
でも失速してよかったよ。
おニャン子ピーク時は、秋元康による作詞の粗製濫造が凄かったから。
こんなんで稼がれちゃたまんないって。
おニャン子クラブ - おっとCHIKAN! (1986)
マジメ男子に痴漢の濡れ衣を着せてストレス解消する女子高生の歌。
痴漢冤罪ソング。これ犯罪だろう。
今は絶対放送できないだろうなあ。
こんなんがオリコン1位ですよ。
ＡＫＢに独占されてる現状を嘆いている人がいるが、痴漢冤罪奨励ソングがオリコン1位をとっちゃうこの酷さはＡＫＢの比じゃないですよ。
80年代は良くも悪くも「痴漢」という犯罪を世の中が深刻に受け止めてなかったという背景もあるんでしょうがね。
当時の価値観を現在の価値観で糾弾できないっていうのはありますがね。
それにしてもね。
秋元康がこんなしょーもないクオリティの歌詞を乱発してた1986年、おニャン子クラブとその派生ユニットがオリコンチャート52週中35週間1位を独占してたんだから、もう日本全体が狂ってる。
こりゃ失速しなきゃ世の中がおかしいわ。
ていうか、やってることが市場の活性化ではなく、結果的に見ると焦土作戦なんだよなあ。
現在のＡＫＢ48とその姉妹グループっていうのはおニャン子を下敷きにした改訂版なのは誰の目にも明らかなんだが、おニャン子がアイドルの価格破壊だったら、ＡＫＢはその価格破壊された業界をさらにダンピングすることで成り立ってる。
日本のアニメ業界が常に貧困に喘いでいるのは、漫画の神様・手塚治虫がテレビアニメの黎明期にやらかしたダンピングが原因、って説がある。手塚が虫プロ作ってテレビ業界からアニメ制作請け負ったときに「他に企画をとられないように」と、すんげー安価で請け負っちゃって、粗製濫造やらかしたことが元凶で、そのあとの世代のアニメ関係者たちが不当に安く酷使されてメシ食えなくなったって説ね。
アニメに疎いので手塚ダンピング説がどこまで正鵠を射てるのか不明なんだが、秋元康のおニャン子からＡＫＢにいたるまでの価格破壊商法・ダンピング商法見てると、あとの世代のアイドルは大変だなあと思う。
ここまで市場価値を引き下げられて商売されちゃ、このあとフツーの商品を適正価格で売れないじゃない。
売り手にも買い手にもならない私がどうこう言うこっちゃないけどね。
