前世紀遺跡探訪<80s-バブル終焉>

80年代~バブル文化圏終焉(実質的なバブル崩壊は91年だが、バブルの延長的な空気が即終了したわけではないので90年代前半までとりあえずバブル文化圏と仮定しとく)の音楽や音楽をとりまく事象について、あれこれと。

松任谷由実 - 恋人がサンタクロース(1980)

バブル期とは実質1986年12月から1991年2月までの4年3か月(51ヶ月)を指すらしい。
たったの4年数ヶ月か。もっと長かったような印象があるのは、ちょうど自分の「女としての市場価値」が一番高かった時代と、バブル期がシンクロしてるからだろう。といっても根ッからのアングラ体質なのでバブルを謳歌した記憶が全く無いんだが。アングラだのサブカルだのといえば言葉はいいが、ようするに貧乏なアソビばっかやってたから、バブル期のメインストリームな若者のアソビを全然やってねえの。なんせサーフィンもスキーもやったことねえもん。ゴルフもないねえ。スキーやったことないって、この世代の人間としては悪い意味で希少種だよな。

でもね奥様、ご存知でした?「洋楽離れ」「車離れ」「テレビ離れ」と、最近の若者は色んなものから離れているようですけど、スキーからも離れているのですってよ。スキー場の利用客がバブル期の4分の1にまで落ち込んでるんですって。ちょっとネットでググったら「板とウェアだけで10万円以上飛んでいくみたいでワロタ」 「バブル世代のレジャー」「毎年ウエア買い換えるとかもうやってられんわな」 なんて若者の生の声が聞こえてきましてよ。いえね、2ちゃんなんですが。
バブルの空気に踊らされていなかった俺勝ち組。時代が俺に追いついた。つーか、まあ日本全体が貧乏になって、私の生活レベルにまで世間の皆様が降りてきたってだけの話だな。勝ち組も糞もあるか。


そんなバブル下層民の私でさえ、バブルの持ちネタはいろいろある。
ありすぎて書ききれん。

NTT株
財テクブーム
ゴルフ会員権
山一證券
オヤジギャル
シャインズ
トレンディドラマ
赤プリ
アッシーメッシーミツグ君
カルティエの三重リング
ティファニーのオープンハート
ウォーターフロント
空間プロデューサー
ボディコン
カフェバー
MZA有明
ソフトスーツ
三高
柴門ふみ
わたせせいぞう
プールバー
ソバージュ
マハラジャ
キング&クイーン
苗場スキー場
そして松任谷由実


うん、松任谷由実がね、日本人に「冬はスキー、夏はサーフィン」つうバブルなレジャー観を植えつけた張本人。
日本人のレジャー感覚をバブル仕様に転換させた戦犯。
「サーフ天国、スキー天国」は1987年公開の「私をスキーに連れてって」という映画(ホイチョイだよ。バブルの遺物。レッドデータアニマル。マジョリティの「あるあるネタ」の集大成。)主題歌だったから、バブルを象徴というか、バブル渦中の歌という印象が強いのだが、この曲が発表されたのは1980年なんだね。
「SURF&SNOW」つうアルバムの中の1曲。バブル以前からバブル的なレジャー観を庶民に植え付けた洗脳ソング。時代がユーミンに追いついた!つうことなんだろう。
この「SURF&SNOW」で、底辺層にまでユーミン的レジャー観が浸透したため、冬の苗場はどえらいことに。リフトの1時間待ちは当たり前だったっちゅうじゃないですか。行った事もないくせに見てきたようなフカシをこきますが。


もう一つの「SURF&SNOW」の功罪は、ユーミン的恋愛観の布教だろう。恋愛観というよりクリスマス観か。
あの「恋人がサンタクロース」ってやつな。
それまでは日本には「クリスマスに恋人と過ごす」という習慣が無かった。それを日本に最初に押し込んだのが1980年の松任谷由実「恋人はサンタクロース」。この曲以前は、「クリスマスを恋人と過ごすという内容の商業曲」が無かったんですね。 


松任谷由実 - 恋人がサンタクロース(1980)



私はバブルを謳歌できなかったが、バブルの恩恵に与ったという自覚はある。
自分のようなバブル下層民が、当時フラフラ適当に生きてこれたのも、「豊かな社会によって生かされてきた」からだ。今の世の中にはそんな豊かさはもう無い。
そういう意味ではバブルに感謝している。
自分のような下層民を高等遊民の如く遊ばせてくれてありがとう。


が、恋愛観つうか、クリスマス観についてはバブル的価値観なんぞ滅びろと思うね(もうとっくに滅んでるが)。
恋人がサンタクロース」には本っ当に心の平穏を乱されたわ。
冬にスキーに行かなくても別に死なないけど、クリスマスに恋人と一緒に過ごせないと死にそう(いや、死なないけど)だという強迫観念を植え付けられたのはこの曲のおかげだ。「クリスマスを一人で過ごすのはイヤ!」には、いやーもう、私のようなバブル下層民でさえ、振り回されたよ。クリスマス前に彼氏と別れたりしたら、当時の女子はほぼ全員「クリスマスの後に別れればよかった」と思ったんじゃないだろうか。
私のようなアングラサブカル女でさえ彼氏が出来て最初に思うことは「ああ良かった、これで今年のクリスマスに一緒に過ごす人ができた」だった。もう、どんだけユーミンに洗脳されてたかっていう。私はユーミンという商品の直接的消費者じゃなかったんだが、それでもコレですよ。当時ユーミンの積極的消費者だった女子などは、どんだけ振り回されたかっていうね。
このバブル的クリスマス観というのは、恋愛至上主義というより消費行動ですね。恋愛と消費が結びついた、極めてバブル的な傾向だよな。
恋愛を成立させるために、あれだけの消費(クリスマスイブには1泊5万円で赤プリに泊まらねばならないとか、何回目のデートではどこに行かねばならないとか、プレゼントにどれだけ金を使わねばならないとか)を促されたのは現代の感覚から考えると明らかに異常だ。



昨今は「あの」松任谷由実がディナーショーをやってるという。
CDが売れず、車が売れず、赤プリが潰れ、割り勘が当たり前になり、「おひとりさま」という概念さえ生まれた。
つくづく時代は変わったと思いますわ。
で、ここ最近、松任谷由実のことがニュースになると、決まってネットで拡散される「ユーミン語録」。


ユーミン語録 - ある音楽人的日乗


実に強烈ですね。
これらコピペがどこまでガチかガセか検証のしようもないが、ラジオでこのコピペと同程度のすんごい発言いっぱいしてたのは確か。
積極的にラジオを聴くという習慣があまりない私だが、80年代のある夜、たまたま聴いた松任谷由実のラジオで「こんなことまで言って大丈夫なのこの人」と蒼白になったことがある。
たまたま聴いた人でさえソレなんだから、毎回聴いてた人はどんだけアレな思いをしたかと、想像にかたくない。
私は「松田聖子」の項で、「時代がどう移り変わっても松田聖子とマドンナと松任谷由実新宿二丁目で支持されると思う」と書いた。
組合員は過剰でビッチでタフな女が大好きだから、とも。
訂正はしないが、つけ加えるとしたら、松任谷由実の場合は「過剰でビッチでタフな女」枠というより、「女の皮を被ったオカマ」枠で組合員に支持されているのだと思う。
いや、組合員的な意味で「ホントに底意地悪い」から、松任谷由実
私は松任谷由実の才能は、底意地の悪さと比喩(悪態)のセンスに比例してると思ってる。
最近はどうなんだろうね、松任谷由実
ちゃんと悪態ついてる?
 
 

 

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