前世紀遺跡探訪<80s-バブル終焉>

80年代~バブル文化圏終焉(実質的なバブル崩壊は91年だが、バブルの延長的な空気が即終了したわけではないので90年代前半までとりあえずバブル文化圏と仮定しとく)の音楽や音楽をとりまく事象について、あれこれと。

本田恭章 - 0909させて (1982)

「ALLAN(アラン)」という雑誌をご存知の貴女は私と同世代であるだけでなく、かなりヤバい業を背負った女性だ。
 

「ALLAN」は元々はアニパロ雑誌「月刊OUT」の増刊号だった。
「June(ジュネ)」と並んで「女性向け耽美雑誌」とか呼ばれていた「ALLAN」、サブカルかつデカダンめいた怪しいことは大概扱っていた。
畸形、ドラッグ、幻想文学、黒魔術、服装倒錯、拷問史、オカルティズム、百合、猟奇…て書くと激しくペヨトル工房系雑誌と被ってんな。だが、ALLANにあってペヨトル工房には無いものがあった。しかもかなり強大なものが。それは読者投稿欄である。投稿量が膨大で内容が過激。とにかくALLANの読者投稿欄の暴走は凄かった。暴走のあまり読者投稿欄はどんどん拡張し続け、しまいにゃ開き直って読者投稿だけで雑誌1冊作ったくらいだ。如何にマニアックとはいえ、本屋さんで普通に売ってる雑誌が、1冊まるごと読者投稿欄という異常事態ですよ奥様。
何をそんなに書くことがあるのかというと、ズバリ「やおい妄想」である。
TVドラマ・野球・ロックバンド・アイドル、ありとあらゆるジャンルで彼女達は
「こないだTVで、○○(♂)と××(♂)がやたらひっついてた→この2人はデキてる」
といったようなやおい妄想を繰り広げ、それを投稿してきたのであった。801同人でいうとこの「ナマモノ」のハシリですな。今となってはそんなもん珍しくもなんともないけどさ、当時としては衝撃だったよ。「そ、そんなもんまで妄想の対象にしますか。皆さんどんだけ深い業を背負ってるんですか」って。
今なら「腐」の一言で片付くんですけどね。80年代はそんなカテゴリ無かったからさ。
 
 
で、その読者投稿欄の常連だったのが本田恭章であった。
本田恭章本人が投稿してたわけじゃないすよ、読者のやおい妄想の対象として、故・中川勝彦と共に最多登場回数を誇ってたの。本人にしてみりゃそんなもんは絶対に誇りたくないだろうがな。あまりにも読者投稿欄の登場回数が多すぎたせいで本田恭章の事務所からクレームがつき、名前を出せなくなったため「H少年」と仮名で表記されるようになったくらいだ。
 
なんでそんな「腐女子の妄想」という業を一身に背負わされることになったかというと、本田恭章が「美少年」だったからである。
他に「美少年」という看板を背負える人材がいなかったのだ。
80年代前半って男性アイドルの顔面偏差値が低かったんでねえ。
「そんなことないもん」って誰かに(誰に?)怒られそうだけど、でも低かったよ現代と比べると。
現代の男性アイドルは顔面偏差値高いよねえ。服装や髪型が垢抜けたってのが理由としてデカいように思う。
あと整形技術の発達とかもあんのかもしんないけど。
 


 
 
本田恭章のデビューはTBS系ドラマ「2年B組仙八先生」の生徒役。
シブがき隊と同期である。
 

 
仙八先生つうのが、今でこそわりとマイナーな存在だったりするのだが、当時は結構視聴率が良くて、半年で放送終了の予定が放送期間拡大して1年になった。だから前期・後期とあるんだが、後期から転校生役として出演したのが本田恭章演じる「上田夏彦」。
 


 
 
たしかにすげえ美少年だった。
が、別の意味で色々すごくて、目が離せなくなった。
色々ってホントに色々。
ナイフが友達だとか、滑舌が悪いとか、夏彦さんのお母様が衝撃的だとか、夏彦さんの私服が強烈だとか。
ええ、「ナイフが友達」なんですよ夏彦さん。美少年のくせに非リア充で、リア友ゼロ。
事あるごとにナイフを振り回すので、そりゃーリア友もなかなかできなかろう。
そもそもあんましゃべんねえしな。滑舌が悪いからしゃべんなくて正解だったけど。
夏彦さんのお母様がまた、70年代の少女漫画に出てくるようなお母様で。
70年代のリカちゃん人形のお母様っぽいとか、お蝶夫人のお母様っぽい(そんなのいたっけか)と言えば通じるかしら。浮世離れしたハイソさ。無駄なハイソ。だって桜中学シリーズだよ?東京下町の荒川河川敷に、一番似合わないというか。浮きまくってたというか。
ていうか上田さん家は親子ともども浮きまくってたけどな。夏彦さんの私服が凄かったから。
学校では無口で孤独な転校生の夏彦さん、アフタースクールにはトッポイ私服を披露していたのだ。
どんな私服かというと、ずばりニューロマ。おそらくは本田恭章の自前。
 
 
ニューロマとはありていに言ってこのようなものです。
 


Duran Duran - Planet Earth (1981)
 
 
 
「ニューロマ」=「ニューロマンティック」。
音楽的には「ニューウェーブ」で括られるものの1つ。
70年代末から80年代初頭にかけて流行した。
音楽性はいわゆるエレクトロ・ポップ。ルーツはグラム・ロック。
して、そのファッションは。
中世風貴族ファッションの現代語訳の王子様ルック。
フリルびらびら、レースびらびら、サッシュベルト、化粧。
 
 
いやあ、恭章さん、なんせJAPAN(つうバンドがあったんだ昔イギリスに)のファンだから。
そもそもJAPANのコンサートでスカウトされたんだもんネ。私服がニューロマ全開のBL∀CK通販でもしょうがないよネ。でも、下町の商店街を徘徊するには、そのカッコだと浮きまくりだヨ。って注意してやれよ誰か。
こんなニューロマ全開なカッコして、地元商店街ばっかウロウロしてんだよコイツ。
原宿でも行きゃあいいのに、一体どこの亜空間だよ。
くそう、ここに載せたい、上田夏彦のニューロマな私服の画像を。
でもどこで画像検索しても出てこねーんだよ。
これじゃ私が嘘言ってるか、幻だったかみてえじゃん。
仙八は再放送やDVD化も無いし。おそらくは「ナイフが友達」のせいだろうけどな。
中学生がナイフを携帯してるというTVドラマが青少年に与える影響がなんちゃら、みたいな。

 
 
そんな感じで色々目が離せない上田夏彦こと本田恭章だったが、仙八先生終了後に歌手としてデビュー。
ご本人は元々、大変にロック志向の強かった人だが、80年代初頭というのは、ロックというものとアイドル性を両立させるのが非常に難しかった時代だった。「ロック」をロックの形態のままで芸能界に持ち込むのはほぼ不可能。まだJ-POPなどといった尻小玉が抜けたような呼称もなく、美少年が歌手デビューとは、すなわち「アイドル歌謡曲」に連なるしかなかったわけで。
ロックが偉くて、アイドルは偉くないとはまったく思わないんですがね。
「80年代のアイドルロック歌手」ってスタンス、一番キッツイと思うんです。中途半端でどちらにもなれないから。
ロック色を強める=TV画面から消えていくということだった。


そんでこれがデビュー曲です。
 


本田恭章 - 0909させて (1982) 
 
 
 



「0909させて」は「ワクワクさせて」と読みます。
キ、キツい…。
H少年として腐女子やおい妄想を一身に引き受けたこともだが、
この人、あと10年遅く生まれてたらもっと楽に芸能活動送れたんじゃないかという気がしてならない。
90年代ならロックとアイドル性の両立って可能だもん。
SHAZNAと一緒にすんなって誰かに(誰に?)怒られそうだけど。
 
 
 
 

 

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